地誌学(担当:三木一彦) 今日のおすすめ               22・12・9現在
 
 
T.地誌学とは
 
○斎藤 毅・矢ヶア典隆編(2006):『シグマベスト 中学地理の発展的学習』,文英堂,527p.
 現行の教育制度では、高校で日本地誌を扱わないため、日本を含めた地誌の基本を学ぶためには中学校まで戻る必要があります。この本は、中学の参考書ですが、書名に『発展的学習』とある通り、中学生にはかなり発展的と思われる内容も網羅されており、充実した内容の一冊となっています。
 
 
U.日本地誌
(1)関東地方
 
@長塚 節(1950,初出1910):『土』,新潮文庫,361p.
A矢作俊彦(2006,初出2003):『ららら科學の子』,文春文庫,528p.
 @は、明治期の茨城県農村を舞台にした作品で、つい100年ほど前の関東平野の様子を今に伝えてくれます。一方、現代の東京をえがいたAでは、東京がもはや「日本」の都市ではなくなってきていることを教えてくれます。
 
 
(2)東北地方
 
○井上ひさし(1985,初出1981):『吉里吉里人 上・中・下』,新潮文庫.
 東北地方の一寒村が日本からの分離独立を宣言するという筋立てのこの小説は、ユーモアを交えつつも、近代以降における日本の「地方」がおかれた状況に対する鋭い問題提起となっています。全編にわたって「方言」が満ちあふれていることも、この小説の大きな魅力です。
 
 
(3)北海道地方
 
○イザベラ=バード著,高梨健吉訳(2000,原著1885):『日本奥地紀行』,平凡社ライブラリー,529p.
 明治11年(1878)、東京から北海道までを旅したイギリス人女性の紀行文です。明治維新直後の東日本各地をえがいた貴重な記録となっており、とくに北海道では当時のアイヌ人の生活ぶりが活写されています。
 
 
(4)中部地方
 
○島崎藤村(1969,初出1936):『夜明け前(全4巻)』,岩波文庫.
 藤村が生まれた木曽の山林地帯を舞台とし、明治維新前後の歴史の波に洗われる「現場」をえがいた大作です。主人公のモデルは藤村の父であり、下から見た明治維新の一断面を私たちに語りかけてくれます。風土に根ざした近代日本小説の白眉といっていいでしょう。
 
 
(5)近畿地方
 
○灰谷健次郎(1984,初出1974):『兎の眼』,新潮文庫,331p.
 児童文学の名作として名高い作品ですが、その背景として、昭和40年代頃の阪神工業地帯が生き生きとえがかれています。題名の「兎の眼」は、奈良・西大寺の善財童子に由来しています。現在は角川文庫から刊行されています。
 
 
(6)中国・四国地方
 
○小泉八雲著,平川祐弘編(1990):『神々の国の首都』,講談社学術文庫,396p.
 英語教師として明治20年代の島根県松江に赴任した小泉八雲(ラフカディオ=ハーン)が、松江とその周辺での見聞を記録した記した一冊です。民俗学的知見を散りばめながら、近代へと徐々に移り行く出雲の情景を美しくえがいています。
 
 
(7)九州地方
 
○遠藤周作(1986,初出1982):『女の一生(全2巻)』,新潮文庫.
 一部では幕末から明治にかけて、二部では第二次世界大戦中という、それぞれの激動期の史実を織り交ぜながら、長崎に生きた女性をえがいた小説です。遠藤周作には、他にも『沈黙』・『海と毒薬』といった九州を舞台とした佳作があります。
 
 
(8)沖縄
 
○新城俊昭(2007):『高等学校 琉球・沖縄史 新訂・増補版』,編集工房東洋企画,312p.
 高校生向けの教科書として作成された『琉球・沖縄史』で、いわゆる「日本史」とはかなり異なる内容をもっています。こうした地域史の試みの積み重ねによって、「日本」の中の多様性に目が向けられるようになることを期待したいものです。
 
 
V.世界地誌
 
○二宮書店編集部編:『データブック オブ・ザ・ワールド −世界各国要覧と最新統計−』,二宮書店.(毎年刊行)
 前半部が統計、後半部が世界各国の紹介で構成されており、世界のさまざまなことを考える上での基礎を提供してくれます。高校の参考書ということもあって内容の割に安価なので、一冊そなえておくのもよいと思います。
 
 
(1)アジア
 
○陳舜臣(1973,初出1967):『阿片戦争 上・中・下』,講談社文庫.
 近代アジア史の出発点ともいえるアヘン戦争をみごとにえがききった小説です。この戦争が単にその後の西洋と東洋の関係を規定した(いわゆるウェスタン=インパクト(西洋の脅威))ということにとどまらず、今日の世界情勢にも通じる一面をもっていることなど、いろいろと考えさせられる作品です。2015年に4分冊による新装版となりました。
 
 
(2)西アジア・アフリカ
 
@本多勝一(1981,初出1965):『アラビア遊牧民』,朝日文庫,238p.
A宮本正興・松田素二編(1997):『新書アフリカ史』,講談社現代新書,596p.
 @は、アラビア半島の砂漠で遊牧民とともに暮らした体験から生み出された迫力あるルポルタージュで、『カナダ=エスキモー』・『ニューギニア高地人』とともに「極限の民族」三部作をなしています。Aは、通常の世界史ではどうしても脇役に追いやられがちのアフリカを主役にすえた読み応えあるアフリカ通史です。2018年に改訂新版が出されました。
 
 
(3)ヨーロッパ
 
○岩田靖夫(2003):『ヨーロッパ思想入門』,岩波ジュニア新書,244p.
 私たち日本人は「ヨーロッパ」というと、とかく表面的なものに目を奪われがちなのですが、真に理解するためには、その思想に分け入る必要があると思います。この本は、ギリシャの哲学とヘブライの信仰という2つの土台を軸にヨーロッパの思想を見つめ直すことができる格好の入門書です。
 
 
(4)ロシアと周辺諸国
 
○スベトラーナ=アレクシエービッチ著,松本妙子訳(2011,原著1997):『チェルノブイリの祈り −未来の物語−』,岩波現代文庫,311p.
 2015年にノーベル文学賞を受賞した女性作家が、チェルノブイリ原発事故(1986年)とその後の経過を多くの人々の証言から書き上げた作品です。たくさんの老若男女からの聞き書きを集めることで、事故の深刻な被害や、それを助長したソ連という国の仕組みが浮かび上がってくるかのようです。それらは、「フクシマ」を経験した私たちにとって、決して他人事ではないはずです。2021年に岩波書店から「完全版」が刊行されました。
 
 
(5)ラテンアメリカ
 
@開高 健著,高橋 f写真(1981,初出1978):『オーパ!』,集英社文庫,350p.
A清水 透(2020,初出1988・2013):『増補 エル・チチョンの怒り −メキシコ近代とインディオの村−』,岩波現代文庫,399p.
 @はアマゾン川での釣行記ですが、単なる釣りの記録という枠をこえて、現地の自然や人々の生活に関する生き生きとした読み物となっています。迫力ある写真と相まって、旅への想いがかき立てられる一冊です。メキシコ先住民の村への40年にわたる調査からまとめられたAは、ヒスパニックの「越境」に関するルポを含め、近現代世界の矛盾する諸側面を凝縮したかのような一冊です。
 
 
(6)アングロアメリカ
 
○森 孝一(1996):『宗教からよむ「アメリカ」』,講談社選書メチエ,278p.
 先進国かつ超大国であるアメリカ合衆国が、非常に宗教的な性格の強い国であることは意外と知られていないようです。この本は、そんなアメリカに存在する多種多様な宗教・信仰のありようをあぶり出した好著です。
 
 
(7)オセアニア
 
○増田義郎(2004):『太平洋 −開かれた海の歴史−』,集英社新書,236p.
 地理や歴史というと、どうしても陸地の側から考えがちなのですが、この本は「太平洋」という海をテーマとしています。そして、その海をめぐる広大な範囲(すなわちオセアニア)について、先史時代から現在に至る歴史が読みやすく説かれています。
 
 
(8)両極
 
○渡辺興亜編(2002):『中谷宇吉郎紀行集 アラスカの氷河』,岩波文庫,370p.
 第二次世界大戦直後にアラスカやグリーンランドで調査を行なった雪氷学者による紀行文集です。単なる自然現象だけでなく、現地の人々の生活などにも関心が向けられており、そのことが読み物としての面白さを増しています。
 
 
[番外]
 
○司馬遼太郎(1978〜1998,初出1971〜1996):『街道をゆく』(全43巻),朝日文庫.
 歴史小説の大家として知られる作者が、日本、そして世界の各地を歩きながら書きつづった紀行文集です。歴史作家ならではの深い洞察力が、文章を味わい深いものにしています。自分の旅行先の、あるいは気に入った一冊から読み始めてみることをおすすめします。
 
 
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