雑記帳
 
 
509.「栃木県那須塩原市(旧、黒磯市)にて」(17・12・11)
 模擬授業で黒磯を訪れた折、古民家を公開した郷土館に立ち寄りました。そこのボランティアの方が丁寧に説明してくださり、以前のそうした民家でのくらしの様子や、養蚕・葉タバコを中心とした農業のことなど、ちょっとした聞き取り調査をしている感じでした。古民家などのモノはこれからも残していくことができるでしょうが、それとともにあった生活や生業については、今のうちに記録にとどめておかないと、近い将来、伝承が途絶えてしまう危うさを感じました。
 
508.「地蔵盆」(17・12・4)
 少し前になりますが、村上紀夫『京都地蔵盆の歴史』(法藏館)を読みました。読んだ動機はきわめて個人的なもので、京都南郊の宇治に生まれ育った者として、夏休み最後の楽しいイベントであった地蔵盆について知ってみたいと思ったからです。明治維新期に地蔵盆が存亡の危機にあったことなど、初めて知ることも多く、自分のルーツにもつながるようで、いつもとは違った立ち位置での読書体験でした。折しも高校生の「原風景」に関する文章を執筆中ですが、私自身の原風景の一つを再確認できたように思いました。
 
507.「生涯学習」(17・11・27)
 このところ、大学やそれ以外の場所で、主にシニアの方々を対象とした講演を何度か行ないました(いちおう研究業績一覧にも掲げました)。歴史地理や文化地理という私の専門もあり、そうした年代の方々に興味をもってもらいやすいテーマである一方で、もしかしたら聴衆のみなさんの方が詳しく知っている場合も考えられ、大学でのふだんの学生相手の講義とはまた違った緊張感があります。講演後も熱心に質問してくださったり、資料を提供してくださったりする方々もいて、私にとっても一つの「生涯学習」の場となっているようです。
 
506.「レインボーブリッジより」(17・11・18)
 千葉県での模擬授業への往路、高速バスで久々にレインボーブリッジを渡りました。そこから眺めた高層ビルが立ち並ぶ景色は壮観で、一瞬写真を撮ろうかと思ったほどでした。ただそれがあまりに美しいだけに、例えば地震や津波のような災害が起こったときに対応ができるのだろうか、という心配も頭をよぎりました。ここ十数年、人口やさまざまな機能の都心回帰が目立ちますが、平時であるからこそ、一極集中によるマイナス面ももっと見つめるべきだと思います。
 
505.「栃木県真岡市にて」(17・11・10)
 模擬授業で真岡に行きました。かつて木綿工業で栄えた町で、機織りの様子や、商人たちが建てた明治期の建物などを見学しました。そして、天然繊維を衣服などに仕立てるためには結構な手間がかかること、またそれだけに繊維産業による富も大きかったことを感じました。今、日常生活では化学繊維を使うことの方が多い気がしますが、それが簡便であるからこそ、地域へ及ぼした負の影響も少なくなかったように思えました。
 
504.「生命の力」(17・10・23)
 先週、祖母を喪いました。享年99。たまたま同窓会で帰省していたため、臨終の直前、酸素マスクをつけて必死に呼吸している姿を目撃しました。苦しそうではありましたが、いまわの際まで命を燃焼しつくそうという強い意思が感じられるようで(私が勝手にそう受け取っただけかもしれませんが)、一種の荘厳さに心打たれる思いでした。生命が天から与えられたものだとすれば、それをできる限り全うすることは、生物としての大事な務めの一つなのかもしれません。
 
503.「わら人形」(17・10・10)
 東京国立博物館(東京都台東区)東洋館での「マジカル=アジア」展を見ました。そこで初めて実物を目にしたのが、呪いのための「わら人形」でした。図録によれば、明治10年(1877)に上野公園で発見されたものだそうで、まだそうした世界が生き残っていたことがうかがえます。図録に「あまり褒められない方法ですが」という説明があり、たしかに道徳的にはその通りでしょう。でも、人間にそうした面もあることを知っておくことは、やはり必要なようにも感じました。
 
502.「勝負だからこそ」(17・10・3)
 前項の続きみたいになりますが、衆議院解散が決まるまで、あるいは決まってからここまでの過程をみていると、与野党ともに「勝てれば何でもいい」が今回ほど際立つ選挙はないような気がします。たしかに最終的な結果は勝敗としてあらわれるにせよ、いやそれだからこそ、選挙に臨むにあたって、理念を訴え、それをもって戦うことはとても大事なように思います。それすら「理想主義的」と片づけられそうな現状は、やはり少し危うい気がしてなりません。
 
501.「政治家の重み」(17・9・26)
 元沖縄県知事で、今年亡くなった大田昌秀氏は、何となく存在感を感じさせる人物でした。その著書『沖縄のこころ』(地誌学の参考文献一覧にあげました)を読み、氏の沖縄戦体験の生々しさに初めてふれました。一番印象に残ったのは、彼が玉音放送後も潜伏生活を続け、ようやく降伏を決めたのが9月22日だったいう記述でした。そうした体験があったこらこそ、知事時代の氏は国とあれだけ闘ったのかと得心がいきましたし、個人的な危機を「国難」と言い立て、戦争へあおるかのような現首相との対照を思わずにはいられませんでした。
 
 
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